【京都市西京区】ここにあったんだ応仁の乱激戦の百々橋遺跡 洛西の端っこにある竹林公園を歩いてみました!
洛西ニュータウンは、古来から京都の竹の産地として名高い大枝・大原野にあり、竹にかこまれたニュータウンとしても知られています。そんなニュータウンの奥にあって、市民の憩いの場所にもなっている「京都市洛西竹林公園」を2023年8月29日に訪れました。
境谷大橋の交差点からしばらく坂を登ると竹林公園の入り口には、鬱蒼とした竹林が続きます。途中、竹に関する貴重な資料などを展示している「竹の資料館」があります。館内には京銘竹、竹の生理・生態を説明するパネル、京都の伝統的竹製品、京都府向日市森本の長岡京の遺跡から発掘された竹の排水溝などが展示されています。
また、アメリカの発明王トーマス・アルファ・エジソンが1890年に、世界で初めて作製に成功した電球のフィラメントは京都八幡のマダケを使っていました。その後世界中に竹フィラメント電球が灯ったのです。その貴重なエジソン電球のひとつが展示されています。
回遊式和風庭園の生態園の中心になぜか応仁の乱の発端となった百々橋(どどばし)がありました。百々橋は応仁の乱の最初の大合戦の際に、細川方と山名方の軍勢が火花を散らした橋として知られています。元は、上京区の小川通の宝鏡寺門前にありましたが、昭和38年(1963年)に小川が埋められた際に、石橋の貴重な遺構として礎石だけを現地に残してこちらに移転されたものだそうです。
歴史ロマンも感じられる憩いの広場にぜひ足を運んでみてください!