【京都市中京区】知ってた? 229年間将軍が来なかった二条城――2026年は寛永行幸400年の記念イヤーです
世界遺産・元離宮二条城がこの2026年に特別な節目を迎えています。今からちょうど400年前の寛永3(1626)年、後水尾天皇が二条城へ行幸するという前代未聞の一大イベントが行われました。この「寛永行幸」400年を記念し、京都では「寛永行幸四百年祭」が開催されます。

400年前、京の都が沸いた5日間
寛永行幸とは、大坂の陣から11年後、大御所・徳川秀忠と三代将軍・家光が後水尾天皇を二条城にお迎えした5日間の壮大な行事です。天皇が武家の城に出向くのは当時として異例中の異例。御所から二条城まで総勢千人にも及ぶ行列が練り歩き、先頭が城に入っても最後尾はまだ御所の中だったと伝わります。この出来事は200年以上続く太平の世の象徴となりました。
2026年12月6日(日)には、この行列を現代の京都で再現する「寛永行幸再現行列」が予定されており、一般参加の募集も始まっています。

229年の空白、そして幕末の激動
徳川将軍の御座所として築かれた二条城ですが、寛永11(1634)年の家光最後の上洛以降、229年もの間、将軍が訪れることはありませんでした。朝廷の勅使や院使を江戸城に呼びつける方式に変わったためです。
この沈黙を破ったのが幕末の動乱でした。文久3(1863)年に14代家茂が上洛。そして慶応3(1867)年、15代慶喜が二の丸御殿に重臣たちを集め、政権を朝廷に返上する「大政奉還」を表明します。その舞台は大広間とされていますが、黒書院だったとの説もあり、今も議論が続いています。家康が築いた城で徳川の世が幕を閉じたのです。

明治維新後は皇室の離宮「二条離宮」となり、京都市への下賜を経て「元離宮」の名が冠されました。将軍の城から離宮、そして世界遺産へ。この変遷そのものが日本の近代史を映し出しています。

2024年3月30日
寛永行幸400年という記念の年に、徳川265年の壮大な物語を体感してみてはいかがでしょうか。
- 住所
- 京都市中京区二条通堀川西入二条城町541
- 営業時間
- 午前8時45分~午後4時(午後5時閉城)
- 最寄り駅
- 地下鉄東西線 二条城前駅
- 関連リンク
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